「顧客満足度」ではなく「利益追求」を経営指針として掲げることの愚かしさ

「自社の利益ではなく、顧客満足度第一へ」というと、青臭い書生論議だとか、あくまでも理想論であって現実は難しいなどという結論になりがちですが、企業の持続的な繁栄の視点からみれば、利益至上主義こそビジネスの現場の論理や力学を知らない空理空論といわざるを得ません。

ビジネスの現場では、こと改めて指摘されるまでもなく、売上高や利益の追求は自明の理であり、行動規範になっています。仕事には失敗やトラブルがつきものですが、経営トップや管理職が部下に対して利益至上を指示することは、失敗やトラブルの隠蔽に繋がります。我が社の上記トラブルでも、若い担当営業が相談した相手は、ライン直属の上司ではなく、別ラインの先輩社員でした。

売上げや利益率の向上を課題として上司がことさらに強調したり指示すれば、部下はどう行動するでしょうか。失敗やトラブルを隠蔽するのは当然ですが、顧客の繁栄にとって重要と思われる新たな施策に気づいていながら、自社の既得権益を損なったり、自社の利益に直結しない場合には、顧客の利益のために提案すべき新たな施策を無視したり否定したりするでしょう。
結果はどうなるか。パートナーとするに値しないと判断したクライアント企業が、より提案力のある新興ベンチャー企業に乗り換えたり、より安価な納入価格を提示したライバル企業に乗り換えたりするに違いありません。自社だけでなく、クライアント企業も自社の利益になるかどうかが判断基準であり行動基準なのです。目先の利益にとらわれるとろくなことはない、というのは童話や神話で繰り返し語られている教訓でもあります。

小さな失敗やトラブルの隠蔽はたいてい成功しますが、重大な失敗やトラブルは必ず露見し経営の根幹を揺るがす「事件」になります。「自社の利益ではなく、顧客満足度第一へ」を経営理念として掲げることは、小さな失敗やトラブルの隠蔽から生じる大事故の予防策=危機管理対策でもあるのです。
この現場の力学が理解できず、売上げや利益率が低下した時、売上げや利益率の向上を経営指針として掲げたり号令したりする経営トップや管理職は、無能であるだけでなく無益であり、真っ先にリストラされるべきですが、そうではないのも残念ながら現実です。

企業の寿命は15年とか30年とかいわれていますが、江戸時代から現代まで数百年、企業として存続し続けてきた老舗企業の「家訓」において、顧客満足度を第一に重視すべきことが語られているのは、たんなる建前論や理想論ではなく冷徹なリアリストが次代へ遺した真摯な教訓でもあると思います。
■伊藤松坂屋 家訓
*物価の高下に拘わらず善良なる物品を仕入れ、誠実親切を旨とし利を貪らずして顧客に接すべし
■たかしまや四つの綱領
*確実なる品を廉価に販売し,自他の利益を図るべし
*正札掛値なし
*商品の良否は,明らかに是を顧客に告げ,一点の虚偽あるべからず
*顧客の待遇を平等にし,苟も貧富貴賎に依りて差等を附すべからず
■住友家家訓『営業の要旨』
第一条:我住友の営業は信用を重んじ確実を旨とし以ってその鞏(きょう)固隆盛を期すべし。
第二条:我住友の営業は、時勢の変遷理財の得失を計り、弛張(ちちょう)興廃することあるべしと雖(いえど)も苟も浮利に趨(はし)り軽進すべからず。

株主の利益を第一とする、アメリカを基盤とするグローバル企業IBMですら、『IBMの経営方針』において「●市場こそが、わがIBMのあらゆる活動の原動力である。●IBMの本質は、あくなき品質の追求を行うテクノロジー企業である」という条項に続いて「●IBMの成功を討る主要な尺度は、お客様の満足と株主の利益である」と宣言しているのです。