楡周平『ラストワンマイル』

楡周平の小説『ラストワンマイル』を読んだ。楡周平といえば、ベストセラー『Cの福音』をはじめとする朝倉恭介シリーズの国際謀略小説で知られているが、本作品は楽天のTBS買収やコンビニ・ローソンの宅配便集配への郵政公社参入問題を背景にした経済小説・ビジネス小説である。
郵政公社ゆうパック」の参入により、コンビニやネット通販の集配独占体制を脅かされた大手宅配便会社が、ネット通販のIT企業に買収の危機に立たされたTV局と提携。出店料無料のショッピングモールサイトを共同で立ち上げて反撃するというのが物語の粗筋。土地の代りに株式時価を担保にしたIT企業の虚業ぶり、時代遅れの代名詞のようなリアルメディアや宅配便会社の「実力」について的確な分析が加えられており、興味深い作品である。
ラストワンマイルとは、一般には通信事業者の最寄の加入者局からユーザの建物までのネットワーク接続のための最終工程を意味する言葉であるが、この作品ではネット通販ビジネスフローの最終工程となる物流=宅配&決済を意味している。
ラストワンマイル=物流の価値は、出店料無料のショッピングモールサイト立ち上げに関する記者会見での記者と宅配便会社社長の応答として下記のように表現されている。

「こういうと失礼ですが、物流会社がなぜネットビジネスに乗り出すことを決断したのですか」
「物流業界は、今まで商流の最下流に身を置き、お客様(荷主)から商売をいただくことを当たり前と考えてきました。その結果、コスト削減となれば真っ先に目をつけられ、物量を確保しても利益は上がらないという収益構造ができあがってしまったのです。ましてや郵政民営化に伴い、われわれ宅配をメインとする物流業界は存亡の危機にあります。この窮状を打破するためには自らビジネスを創出すること。つまり、上流から下流まで、一貫した商流を作り上げなければならない。……。
「ラストワンマイルを握る物流業なくしては、ビジネスは成り立たない。そこを握っている自分たちが実は最も強い立場にいるのだ。そこに気がついたというわけですね」

ネットワークの源流から見ると「ラストワンマイル」であるが、ユーザから見ると「ファーストワンマイル」であり、この工程を押さえている宅配便会社のポテンシャルは侮りがたいというのが著者の視点である。
大手企業の業績回復が喧伝されるが、その背景には早期退職と称する従業員の首切りや契約社員・請け負い等によりコストカット、協力企業と称する下請けいじめが横行しているのは周知の事実。作品の中でキーワードとなっている、フランスの哲学者アランの警句<安定は情熱を殺し、緊張・苦悩こそが情熱を生む>は、言い換えると<奢れるものは久しからず>ということ。
ネットビジネスのバブリーな数字の上昇に幻惑されて、根底にある泥臭いリアルビジネス=現場の仕事を軽視する者は、いずれ手痛いシッペ返しを喰らうであろう。